感染を避けるためには人に近づかないこと
私はマスクをしません。
マスクをしないでスーパーなど買い物に行っています。
そこにマスクをしている連中がいて、私を見ると間の抜けた顔をしてこちらを見つめてきます。
そんな人たちはしょっちゅうアゴの下あたりにマスクを下げて、まるで意味がなかったりしていますけれども。
鼻を出している人もいます。全く意味はありません。
私は距離をとって他の客には近づかない。
それこそバスケのゾーニングよろしく空間が空くのをいつも見ています。
フラフラとマスクをしたダラしのなさそうな歩き方をした連中が売り場に群がっています。
半額品とかシールでも貼られているのです。
もうそこにはいられません。
濃密空間と思われる場所からすぐに出て、買い物は中止です。
典型的なマスク依存症とも言えるような人々。
一貫しない態度。
彼らはマスクをしているからと、安心している。油断がある。飛沫が飛ぶ。
そして人に近づいても、マスクがあるからと気にかける様子はありません。
順番待ちをし、知らない人同士が話しかけたりもしている。
やめたはずのスーパー会計時の個別商品の読み上げ。
昔から煩くて、それは結構なことだと思っていたのですが、「ありがとうございます」とマスク越しにやられては意味がありません。
こちらは少しもありがたくない。
ポイントカードなんかをゴム手袋で触ったり、こちらにスキャンさせようと手かざしまでさせているのに。
アメリカで感染の拡大が止まらないのは何にマスクをしていないからではありません。
パーティだの何だのと、まだ人と接近して話すことをやめないからです。
彼らの人恋しさは感染の危険に勝るのです。
日本人はそういうものはあまりないはずです。
一人や侘び、孤独を好み穏やかで静かな文化です。
そしてアメリカは無症状でもPCR検査をしています。
アメリカでは風邪で6万人が亡くなった年さえあります。
別に大事というものは感じません。
自衛すればいいだけ。自己責任。
騒ぐからあまりに他力本願になっている。
そんなプレッシャーをかけられて政治は右往左往してしまう。
首尾一貫したものがなくなる。
旧民主党、立民の安住氏は「感染拡大したら内閣総辞職だ」と放言しました。
では拡大しなかったら党を解散でもするんでしょうか。やるわけがありません。
野党もマスコミも景気後退をネタに揺さぶってきました。
人の無責任さはマスクでは防げない。
少なくとも私は人に不用意に話しかけられることはありません。
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